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ri0ca’s diary

やり直しがきかない人生

1月

1月某日、母親に離婚することを告げた。 「がんばったけど、駄目だった。」 ごめんなさい、と言ったところで涙が出た。もうこれで、終わるのかな…と思った。誰にも言わなければ、いつもの諍いで元に戻ると思っていた。これ以上の話し合いは望めない。 そう覚悟しての事だった。

月末に1時間の距離にある実家へ引越した。

それまで半年間にわたって家庭内別居の状態が続いていた。 ドア越しに主人の気配を感じながらの生活は地獄のようだった。 ほんの少し前までは当たり前のように仲良く過ごしていた日々、もう戻る事はない日々、かといって先へ進める勇気もなく。 結婚記念日、クリスマスは布団の中で丸くなって過ぎるのを待った。 これほど時間が遅く感じたことはなかった、ただ虚しく、悲しい時間だった。

2月、職場を辞めた。 事情は誰にも言わなかった。 辞めるまでは実家から通った。 最後まで何事もなく勤め上げることができた。これでよかった。

3月、からっぽになった。 毎日死んだように横になって過ごしていた。 そして調停がはじまった。

4月、母の勧めでジムに通うようになった。 調停で不利な状況になり、毎晩旦那が夢に出てくるようになった。 ダイビングのライセンスを取ろうと思い立ち、沖縄へ。 何かないと、やりきれなかった。

5月、不利な状況が続く。友人に会うと、かえって情緒が乱れるようになった。 時間の流れに置いていかれていると感じていた。 人に会うのが嫌になり、引きこもりに拍車がかかる。

6月、調停が一つ前へ進む。母と旅行へいく。 何かひとつ、目標を立ててみようと思い立ち、マラソン大会にエントリーする。

7月、マラソン大会に出る。膝を壊す。 調停が終わり、離婚が成立する。

8月、ようやく新しくスタートさせる事となった。 名義や手続き、携帯…変えられるものはいっきに変えた。今は息を止めて走るしかない、そんな心境だった。立ち止まると、きっと崩れ落ちてしまう。

毎日ではなくなったが、相変わらず夢には旦那が出てくる。 当たり前のように布団に寝ている、いつもと同じシーン。私は旦那の背中を見ながら「あれ?離婚は何かの間違いだったのかな?」と思っている。そこでいつも目が醒める。間違いではない、現実だ。 私はきっと、あの家に気持ちを全て置いてきたままなのだ。 戻りたい訳ではない、後悔はしていない。 だけど気づけば「何処かで引き返せる何かが有ったのではないか」が巡りだす。 空いた穴は、心の傷は、そのままだ。 消えることはないのかもしれない。

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